子メニューが設定されていません。

  1. クリニックサンプル4
  2. クリニックサンプル3
  3. クリニックサンプル2
  4. クリニックサンプル1
クリニックサブタイトル

ここに説明文が入ります。ここに説明文が入ります。ここに説明文が入ります。ここに説明文が入ります。ここに説明文が入ります。

  1. クリニックサンプル4
  2. クリニックサンプル3
  3. クリニックサンプル2
  4. クリニックサンプル1

君が代の歌詞の意味をわかりやすく解説!歴史や海外の反応が面白い

日本の歴史

腸を整えて人生を楽しもう!

腸もみと食事指導の専門家堀内拓矢です。

 

君が代の歌詞は、

平安時代の古今和歌集に

収録されている

短歌が元になっています。

 

 

なんとこれが

世界で最も古い国歌であり、

 

演奏時間は約55秒・11小節と

最も短い国歌としても

知られているんです。

 

 

国歌としては

これだけでもだいぶ特殊なのですが

歌詞の中身も世界の国歌と比べると

かなり異質なのですね。

 

 

そこで今回は

日本の誇る国歌君が代の歌詞の意味から、

誕生に隠された意外な歴史

 

 

そして

海外からのリアルな反応まで、

分かりやすくお届けします。

 

 

目次
1、君が代の歌詞の意味をわかりやすく解説
2、君が代の歴史
3、君が代に対する海外の反応

腸もみ&あなたに合わせた

食事指導のご予約は公式LINEから!↓

友だち追加

LINEをお友達追加後に

ご予約までの流れをご案内いたしますね

 

このブログの動画はこちら!!

YouTubeチャンネルにも遊びに来てね♫

 

 

1、君が代の歌詞の意味をわかりやすく解説

 

まず君が代の歌詞を

おさらいしてみましょう。

 

「君が代は 千代に八千代に

さざれ石の いわおとなりて

こけのむすまで」

 

 

わずか32文字です。

歌える方がほとんどだと思いますが、

 

「正直、意味までは

よく分かっていない…」

 

という方も多いのではないでしょうか。

ぼくも以前はそうでした笑

 

この歌詞を今の言葉に訳してみると、

実はこんなにも素敵な意味

だったのです。

 

 

「あなたが生きるこの時代が数千年も、

いや、無限にずーっと長く

続いていきますように。

 

 

小さな小石が、

気の遠くなるような時間をかけて

大きな岩になり、

 

 

さらにその岩に緑の苔が

びっしり生えるくらい末永く、

平和に続いていきますように」

 

 

こうして意味を知ると

なんとも味わい深いですよね。

 

 

それはそうとこの短さに対して

かなり濃い内容が込められている

と思いませんか?

 

 

その秘密を紐解くために歌詞を

 

①君が代は

②千代に八千代に

③さざれ石のいわおとなりてこけのむすまで

 

 

この3つに分けて

見ていきましょう。

 

①君が代は

 

 

ここで言う「君(きみ)」とは

一体誰を指しているのでしょうか?

 

 

これには歴史的な解釈や

時代の変遷によりいくつかの説がありますが、

 

元となった平安時代の和歌では、

自分が大切に思う人

つまり恋人や友人、家族など

を指していました。

 

 

 

現代の法律、国旗国歌法では

ここでの『君』は

『日本国および日本国民の統合の象徴である天皇』

と定義されています。

 

 

ただこれは天皇個人というよりは

 

『天皇を象徴とする

”日本という国そのもの”が、

末永く平和に栄えていきますように』

 

という意味で解釈されています。

 

 

この和歌が作られた

時代背景からすると

意味が少し異なるものの

 

本質的な意味としては

変わっていないので

 

 

君が代は、とは、

あなたが生きるこの世界、この時代

という理解でいいと思います。

 

②千代に八千代に

 

千代は1000年、

八千代は8000年

という意味ですが、

 

この国歌の中ではこれは

具体的な数字を表している

わけではありません。

 

 

日本では古くから

八百万(やおよろず)の神

という言葉があるように、

 

『八』を『数え切れないほどたくさん』

という意味で使う文化があります。

 

つまり、

『数え切れないほど、無限に長い時間』

を表しているんですね。

 

 

 

③さざれ石のいわおとなりてこけのむすまで

 

 

さざれ石(細石)は文字通り、

足元にあるような

「小さな小石」のことで

 

いわお(巌)とは小石が集まり、

長い年月をかけて固まってできた

巨大な大岩をさします。

 

小さな石が固まって大きな岩になるには、

気の遠くなるような年月がかかりますし、

 

 

さらにその大岩に苔が生えるのには、

もっと長い時間が必要です。

 

 

つまりここには

 

「それほど長い時間が経っても、

この平和な世界がずっと続いてほしい」

 

という願いが、

自然の変化に例えられて

表現されているのです。

 

後ほど詳しく触れますが、

この意味合いは

世界の国家の意味と比べると

かなり異質です。

 

 

というのも

世界の国歌の多くは

戦争の歴史独立の勝ち取り

を歌っているからです。

 

 

それに対して君が代には

敵を倒す言葉もなければ

血生臭い戦闘の描写もありません。

 

ただただ、

自然の美しさに重ねて

国民の繁栄を祈っているだけ

なのです。

 

 

 

では次にこの平和な歌詞が

一体どのようにして生まれて

国家として歌われるようになったのか。

 

その誕生に隠された意外な歴史を

ご紹介しますね

 

 

2、君が代の歴史

 

 

現代語訳を知ると

非常に平和的な君が代ですが、

もともとは一般庶民のラブソングから始まり、

 

 

あるイギリス人の提案を経て、

紆余曲折の末に今の形になったという

かなり意外な背景があります。

 

 

君が代の元となった和歌は

作者が不明な上、

タイトルも不明な短歌として

平安時代の古今和歌集に

収められていました。

 

 

しかも当時の最初のフレーズは

「君が代は」

ではなく

「我が君は」

だったんです。

 

 

どういう経緯で

今の歌詞に変化したのかは

わかっていませんが、

室町時代の資料の中では

すでに現代と同じ「君が代は」

の歌詞になっていたようですね。

 

 

 

そして当時は国家のための歌ではなく、

お正月などのおめでたい席で

 

 

「大好きなあなたの命が、

長く健康でありますように!」

 

 

という特定の個人に向けた

身近なお祝いの歌だったのですね。

 

 

それが鎌倉時代や江戸時代へと

受け継がれる中で

めでたい席の定番ソングとして

一般庶民の間にも

広く定着していきました。

 

 

 

そんなただのお祝いの歌が

国歌となるきっかけが訪れたのが

明治維新の頃です。

 

当時の日本には”国歌”という

概念そのものがありませんでした

 

ところが1869年、

イギリスのヴィクトリア女王の王子

アルフレッドの来日にあたり、

 

 

薩摩藩の人たちに音楽を教えていた

イギリス陸軍の軍楽隊長

ジョン・ウィリアム・フェントンが

 

 

「外交の儀礼上

国歌の演奏は不可欠だな。

世界に通用する近代国家を目指すなら、

日本も国歌を持った方がいい。

 

 

歌詞を用意してくれれば

私が曲をつけよう」

 

と進言しました。

 

 

 

フェントンには

「イギリスの国歌にように、

国の象徴を祝う歌がいい!」

 

という想いがありました。

 

 

その提案を受けて、

薩摩藩の歩兵隊長

大山巌(おおやまいわお)が大好きだった

 

 

薩摩琵琶の蓬莱山(ほうらいさん)

の歌詞の一部に「君が代は…」という

フレーズが含まれていたことから

 

「君が代はお祝いの席の定番曲だし、

これでいこう!」

 

 

と、君が代の歌詞を

フェントンに渡したました。

 

 

こうして礼式曲として初代君が代

作曲されました。

 

 

 

初演は東京・越中島における

天覧練兵の際に薩摩藩楽隊によって

演奏されたのですが

 

どうやらこれが

日本人の感性には合わない

アップテンポな楽曲

だったそうです。

 

 

そこで後に海軍の軍楽隊長が

 

 

「天皇陛下のお祝いに

もっとふさわしいメロディに

作り直させてください!」

 

 

と国に直談判しました。

 

 

その結果、

宮内省(現代の宮内庁)

は邦楽にも洋楽にも造詣が深い

奥好義(おくよしいさ)達に作曲を命じて

現代の誰もが知る厳かな曲調の

君が代が完成したのです。

 

 

ただこの時点は

『国歌』が決まっただけで

タイトルは決まっていませんでした。

 

正式に君が代という

タイトルがついたのは明治13年、

宮内省が公式の楽譜を

作った際のことです。

 

 

その後1999年に

国旗国歌法が成立したことで、

法律上でも正式に

「日本の国歌は『君が代』とする」

と明記されました。

 

 

まとめると君が代は

 

 

①平安時代に古今和歌集に

作者不明の短歌として収録される

 

②室町時代には今と同じ歌詞になる

 

③1869年にフェントンが日本国歌として作曲

 

④1880年、改めて作曲されて

現在の曲調に変わり、

タイトルが正式に『君が代』に決まる

 

⑤1999年、正式に国歌認定される

 

 

という歴史を辿っています。

 

それでは最後に

そんな現在の君が代を聞いた

外国人たちの反応を見ていきましょう。

 

 

海外の国歌には

どういうものがあるのかも

知ることができるので

とても面白いと思いますよ。

 

 

3、君が代に対する海外の反応

 

日本の国歌『君が代』には、

 

 

他の多くの国歌とはまったく異なる

音楽の構成歌詞の方向性

あります。

 

 

 

そのため驚きや深い関心

時には新鮮な感動をもって

受け止められることが多いんですね。

 

 

例えば

 

 

フランスの『ラ・マルセイエーズ』

アメリカの『星条旗』

中国の『義勇軍行進曲』など

 

 

世界各国の国歌には、

革命の歴史や戦争、

独立を勝ち取った背景が

色濃く反映しているものが

ほとんどです。

 

 

 

そのため歌詞には

「武器を取れ」「敵の血」「大砲の音」

といった勇ましく激しいフレーズが

含まれることも珍しくありません。

 

 

これに対して『君が代』は

「さざれ石が大きな岩になり、

それに苔が生えるまで長く続いてほしい」

という、

 

 

自然の移り変わりになぞらえた

平和や永続性の祈りが歌われています。

 

 

 

実際に海外の人々からは、

こんな感想がよく聞かれます。

 

 

「誰かを倒すためではなく、

平和と不変を祈る、

世界でも類を見ないほど

穏やかで慈悲深い歌だ」

 

 

「血生臭い言葉が一切なく、

まるで自然への賛美歌や

ラブソングのようで美しい」

 

また、

オリンピックや国際試合などの表彰式で

初めて君が代のメロディに触れた方の中には

独特の雰囲気を感じ取る人も多いようです。

 

というのも、

多くの国歌が行進曲のようにアップテンポ

気分を高揚させるのに対して、

 

 

君が代はかなりスローだからです。

 

 

だからでしょうか

 

 

「暗く静かに聴こえるけれど、

どこか厳かでスピリチュアルな響きがある」

 

「聴いていると心が落ち着き、

厳粛な気持ちになる」

 

といった声が

YouTubeのコメントやSNSでも

多く寄せられています。

 

 

もともと名もなき誰かが

大切な人の幸せを願って詠んだ

短い和歌が千年以上の時を経て、

 

 

形を変えながら今では

日本という国そのものを

象徴する歌になっている。

 

 

世界的に見ても、

こんな国歌はなかなかないと思います。

 

 

次に君が代を耳にする機会があったら

ぜひこの歌に込められた願いを

思い出してみてください。

 

きっといつもとは少し違って

聴こえてくるかもしれません

 

最後までご覧いただきありがとうございます!

これからも楽しみにしていただけると

嬉しいです♪

 

 

腸もみ&あなたに合わせた

食事指導のご予約は公式LINEから!↓

友だち追加

LINEをお友達追加後に

ご予約までの流れをご案内いたしますね

 

関連記事