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参勤交代が日本全国に大きな発展をもたらした超意外な背景

日本の歴史

腸を整えて人生を楽しもう!

腸もみと食事指導の専門家堀内拓矢です。

 

江戸時代、

大名たちが一番恐れていたもの

 

それは戦でも飢饉でもなく

江戸に行くことでした。

 

 

 

幕府は各藩の大名たちを

定期的に江戸に呼びつける

参勤交代という制度を導入していたのですが

 

 

これが大名からすれば

莫大なコストがかかる行為でしたし

 

庶民からすれば

大名行列中は正座して動けなくなるなど

誰から見ても

煩わしそうな制度だったのです。

 

 

 

ですが結果的には

そんな誰も得しないはずの制度が

結果的に日本の発展を

大きく助けてたのです。

 

 

そこでこの記事では

参勤交代の逸話や裏話、

日本を発展させた理由などを

お伝えしますので

楽しみにしていてくださいね。

 

目次
1、大名たちの参勤交代の苦労と恩恵
2、大名行列がもたらした日本の発展

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1、大名たちの参勤交代の苦労と恩恵

 

 

まず簡単に

参勤交代についておさらいしますね。

 

この制度は

江戸幕府3代将軍徳川家光が

将軍への忠誠を誓う儀礼として

全ての大名たちに義務付けた制度です。

 

 

しかしこの制度の狙いは

それだけではありませんでした。

 

大名たちの力を削ぎ、

謀反を起こす余裕すら与えない

という意図もあったのです。

 

 

というのも

参勤交代には行列の準備や

道中の宿泊費、江戸での屋敷の維持

などに莫大な費用がかかっていて

 

1回行うのに現代の価値に換算すると

1億〜数億円の負担がありました。

 

 

これを1年おきに

ずっとやらないといけないので

大名たちからすると割と嫌な制度だったと

思えちゃいますよね。

 

 

しかも大名の妻と子どもを

江戸に住まわせることも

義務付けられていたため、

 

これは実質的には

家族を人質に取られている

ようなものです。

 

 

つまりは参勤交代によって

資金力が削がれて人質もとれているからこそ

江戸幕府は戦さをせずに

大名たちを支配できていた

側面があるのです。

 

ちなみにこの負担は

江戸からの距離によっても

かなり差がありました。

 

 

当然ですが

江戸から遠ければ遠いほど

どうしても負担は増えてしまっていて、

 

一説によると薩摩藩は

往復で10億円くらい

経費がかかっていたそうです。

 

 

これはたまったものじゃないですよね。

 

 

そして往復の諸経費だけでなく

大名が江戸にいる期間中に構えた屋敷の

費用も含めると

 

藩の収入の50〜75%ほどにも

達していたようなので

わりと多くの藩は借金まみれな

状態だったと言います。

 

 

収入の3/4が江戸行きのためだけに

消えてしまうと考えると

めちゃくちゃやるせなかったでしょうね。

 

 

このように

こうしてみると参勤交代はかなり

やばめ制度にも思えますが

 

実は大名側にも

いくつかメリットがありました。

 

例えば大名行列では

引き連れている人数が多ければ多いほど

自分たちが治める藩の力強さや格の高さ

庶民や他の大名たちにアピールすることが

できるのです。

 

 

ですので大変皮肉なことですが

幕府も藩を潰したいわけではないので

財政難を考慮して

大名行列の人数を減らしてもいい

命じはしたものの、

 

 

「あそこは人数が少ないから

大した藩じゃないな」

 

と思われるのが嫌で、

この命令に従った大名は

ほとんどいなかったそうです。

 

 

ですので面白いことに

行列の人数がステータスだったからこそ

行列に参加させるためだけに

雇われた人たちも存在していました。

 

 

今でいうサクラってやつですね。

 

 

行列の人数が少ないことで

なめられると

 

何か具体的な

デメリットがあったわけでは

なかったようですが、

 

 

大名たちは武士としてのプライドが

かなり高かったのですね。

 

 

ですから

とにかく見栄や面子を重んじるため

 

コストをかけてでも

藩としての体裁を保つことが

重要だったみたいです。

 

ここには時代を感じますよね。

 

 

 

とはいえ、

結構な人数を水増しするにあたり

コスト的に藩としてそういう人たちを

常に抱えておくわけにもいかないので、

 

国元から江戸まで一貫して随行する

臨時スタッフをあっせんする

人材派遣業者が

大名たちのサポートをしていました。

 

 

このように参勤交代は

藩を上げての一大イベントだったので

たくさんの仲介業者が

生計を立て続けられていて、

 

参勤交代という制度があったからこそ

日本の派遣業は大きく発展

していくことができたようです。

 

 

そして実はこの恩恵は

何も派遣業に限った話ではありません。

 

そこで参勤交代がきっかけで発展した

現代の我々も助けられている

意外な日本の文化をご紹介しますね。

 

 

2、大名行列がもたらした日本の発展

 

参勤交代の制度によって

インフラ文化経済など

 

現代人の生活を支えてくれる基盤

となるものなどが

発展し整備されていったので

 

インフラと文化・経済に分けて解説しますね。

 

 

①インフラの急速拡大

 

全国各地から大名率いる家臣たち一行が

定期的に江戸へ行き来するので

移動のための道筋や宿泊施設の整備が

不可欠となりました。

 

 

その結果、

東海道、中山道、甲州街道、

日光街道、奥州街道の五街道が

 

ぬかるみ防止のための

松並木や石畳の敷設などが

急速に進んで

 

旅の利便性が飛躍的に向上

したのですね。

 

 

また、街道沿いには

大名が泊まる高級旅館や

一般家臣たちが泊まる宿場街も

発達したので

 

宿泊業や飲食業も盛んになったのです。

 

そして忘れてはいけないのが

物流ルートの確立ですね。

 

 

これは

参勤交代のスケジュールや

領地との連絡をやり取りするために

飛脚が郵便システムとして

整備されたり、

 

荷物を運ぶための馬や人材を

宿場ごとにリレー形式で運ぶ

伝馬制度が発達したので

 

物流の速度が格段に上がったのです。

 

 

余談ですが

この飛脚は幕府の公用文書を運ぶ

最速の便になると、

 

 

江戸から京都までの

約500キロをリレー形式で

3日ほどで走り抜けたという

驚異的な記録も残っています。

 

 

通常の便なら

1ヶ月ほどかかるそうなので

幕府が絡むと本気を出す飛脚の姿は

ぜひ見てみたかったですね。

 

 

ちなみに東海道新幹線の

東京から名古屋間と

滋賀県の草津から京都間は

当時の東海道とほぼ同じルートなので

 

この区間に乗っているときは

こんな場所を長いこと行列で

歩いてきたんだなと

思いを馳せてみるのもいいと思います。

 

 

②文化や経済の発展

 

江戸と地方の間で

たくさんの人が大移動したことで

いろんな文化が交わりました。

 

 

その結果、

様々な特産品が誕生したり

旅行ブームが巻き起こったのです。

 

 

どういうことかというと

 

地方の藩主が

一定期間江戸に滞在していることで

 

最先端の学問や絵画や武芸だけでなく

食文化や娯楽が地方に浸透する

きっかけとなったのです。

 

 

それにより

学問を学んだ藩士が自分の領地で

藩校と呼ばれる教育機関を開く事例が

相次ぎましたし、

 

同様に浮世絵や歌舞伎などが

地方の芸術や娯楽に影響を与えたり

江戸で生まれた剣術流派が

全国に広がるようになったのですね。

 

 

今のようにネット環境がない時代、

江戸から離れた地方では

情報も自由には手に入りません。

 

だからこそ、

参勤交代で江戸に行った藩士たちが

持ち帰る文化や学問は、

地方にとって大きな価値を持っていたんです。

 

 

ちなみに当時の江戸は

人口が100万人以上もいたため

日本国内でというよりは

世界でもトップレベルの大都市でした。

 

 

だからこそ大名たちは

江戸で売れるものを作って

藩の収入を稼ぐ政策に

身を乗り出していたんですね。

 

 

その結果、

食品や酒、織物や陶磁器など

様々な特産品が集まってきて

 

大いに江戸の街を

盛り上げてくれました。

 

 

代表的なものには

 

・千葉県の野田や銚子の醤油

・群馬の桐生や栃木の足利などの絹織物

・佐賀県の有田の有田焼や石川県南部の九谷焼

・福島県会津の会津塗

・神戸の灘の酒

 

などがありますね。

 

 

このように各藩では

江戸での需要を狙って

職人を手厚く保護したり、

 

特産品を将軍や他藩の大名に

贈り物として贈呈する宣伝活動を行い

注文が入ってくるようセールスに

注力して近代日本の産業と文化の

基礎を作り上げていったのですね。

 

そして

大名行列の通行に伴い

より大幅に整備された道と

そこに立ち並ぶ名物の食べ物や旅館

を目当てに旅行に出かける人が

急増しました。

 

 

実は大名行列が通る前は、

道は未舗装で

歩くだけでも一苦労でした。

 

 

それが大幅に改善されたことで、

女性やお年寄りでも

旅を楽しめるようになったんです。

 

 

これなら旅行客が急増したのも

頷けますよね。

 

 

そのため街道沿いでは

新しいビジネスも生まれました。

 

 

関所の通り方や

ぼったくり店への注意点をまとめた

ガイドブックが出版されたり、

 

 

お店の女性による客引きなど、

旅行者をもてなすための工夫が

次々と生まれていったんです。

 

 

以上が参勤交代がもたらした

意外な恩恵でした。

 

 

元々は大名たちが将軍に忠誠を誓ったり

謀反を起こさせないための制度でしたが

 

それが予期せぬ形で

大名や庶民に様々な恩恵を

もたらしていたと思うと

歴史って面白いなって思いますよね。

 

 

大名視点からすると

お金も時間もかかる

かなり煩わしそうな制度に思えますが

 

それを逆手にとって

自分の藩の力強さや特産品などを

アピールするチャンスに変えたり

 

この制度の需要をいち早く察知した

庶民によるビジネス戦略は

日本人の商魂の逞しさを感じて

感服いたしました。

 

 

人生におけるピンチには

いくらでもそれをチャンスに変えられる

宝が眠っているんだなと思うと

 

何が起きても

希望は失っちゃいけませんね。

 

 

 

 

 

 

最後までご覧いただきありがとうございます!

これからも楽しみにしていただけると

嬉しいです♪

 

 

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